「く〜ま〜だまさし〜の!」と叫びながら、サングラスをリズミカルに上下に動かす独特のスタイル。くまだまさしといえば、このメガネ(サングラス)ネタを連想する人も多いのではないでしょうか。
あの小道具はどんな仕組みになっているのか、どのようにして全国にネタが広まったのか——そう疑問に感じる方は少なくありません。芸風の仕組みを理解すると、くまだまさしという芸人の魅力がより深く見えてきます。
- くまだまさしのサングラスネタは、瞬きでサングラスを上下に動かす独自の小道具ネタ
- 小道具はほぼ妻と手作りしており、ネタの原型はNSC時代の2回目のネタ見せで完成した
- M-1グランプリの前説パフォーマーとして定着し、2009年のナイツ・塙のいじりで全国的な知名度を獲得
- 2019年の謹慎処分を経て復帰、2023年には東京都墨田区のお笑いアンバサダーに就任
くまだまさしのメガネネタが生まれた背景と芸風
- サングラスネタの特徴と「フォ〜」登場スタイルの詳細
- 小道具を妻と手作りするエピソードとカツラ・クラッカーネタの秘密
- M-1グランプリ前説での全国的な広まりと極楽とんぼとの縁
- 宴会芸の名手として愛される理由とくまだまさしの信念
くまだまさしのサングラスネタの特徴と「フォ〜」登場スタイル

あのサングラスを動かすのって、どういう仕組みなんだろう?
くまだまさしのネタは、まず舞台上に「フォ〜」と言いながら登場するスタイルから始まります。このとき、かつての人気番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ)の「テレフォンショッキング」のゲスト登場時のBGMを歌いながら現れ、瞬きをしてサングラスを上下に動かすという独自の動きを披露します。
ネタを始める前には「○○(学芸会、宴会など)の時間がやってまいりました」と枕詞を述べるのが定番スタイルで、続けて「今日は外れではなく大外れ」と言ってからネタに入ります。このセリフが観客の笑いを誘う”つかみ”として機能しています。
この自虐スタイルが観客の親近感を呼び、笑いをさらに引き出す効果を生んでいます。また、ORICON STYLEでは「すべらない男の生き様」という見出しで紹介されており、その芸の確かさが広く評価されていることがわかります。
くまだまさしは、吉本興業の中で「営業に行っている回数が一番多い」と自ら語っており、養成所入学から28年、どの現場に行っても絶対ウケるという自信を持っています。後輩芸人から「営業などで一度もすべったところを見たことがない」と語られるほど、このサングラスネタを核とした芸風は安定した笑いを生み出しています。
くまだまさしのネタを支える小道具の秘密と手作り制作エピソード


くまだまさしのネタに欠かせない小道具は、業者に依頼して製作するのではなく、妻と共に手作りしています。
この手作り感こそが芸風の大きな特徴の一つです。サングラス以外にも、カツラが頭に乗る仕掛けのネタや、パンツからクラッカーが出るネタなどを披露しており、すごそうな技を見せようとしながら思いがけないくだらない仕掛けが飛び出すという構造になっています。
くまだまさし自身は、小道具のことを指摘された際に妻との制作エピソードを引き合いに出すことがあり、夫婦でのものづくりがネタの一部にもなっています。AERA with Kidsのインタビューでは、「娘が小さいときは、妻とネタをつくってそれを娘に見せるということをしていた」とも語っています。
番組ごとのキャッチコピーにも小道具の特徴が現れています。「エンタの神様」(日本テレビ)では「びっくりエクササイズ」、「爆笑レッドカーペット」(フジテレビ)では「おゲレツ スタンダップコメディー」というキャッチコピーが付けられていました。
また「爆笑レッドカーペット」では、「中笑いの時間がやってまいりました」と番組内の評価を自虐ネタに変えるなど、小道具のナンセンスさと自虐スタイルを組み合わせた芸風が定着しています。
ハイキングウォーキングとのコラボユニット「ブルマパーティー」を結成したときも、この小道具を活かしたコラボネタを披露しており、芸風の応用範囲の広さを示しています。
M-1グランプリ前説とサングラスネタが全国に広まった経緯


くまだまさしが全国的な知名度を獲得するきっかけは、複数の出来事が重なっています。
まず、2003年頃のこと。極楽とんぼがメインを務める夕方のレギュラー番組にくまだが出演し、いつものナンセンスな宴会芸を披露したところ、加藤浩次と山本圭壱がそろって「何だコイツ!スゲーな」と反応したことが、ブレイクの起点となりました。
これがきっかけで、極楽とんぼが番組スタッフに「毎週くまだを出してくれ」とかけあってくれたとのことで、その後「笑っていいとも!」から「笑いの金メダル」まで一気に複数の人気番組に出演する機会を得ています。
M-1グランプリの前説をやっている芸人さんだったんだ!
さらに知名度を決定づけたのが、M-1グランプリでの前説担当です。くまだまさしはM-1グランプリの決勝開始前に会場を盛り上げるスペシャルパフォーマー(前説)を担当しており、2009年には本戦トップバッターの塙宣之(ナイツ)から「前のコンビのくまだまさしさん」といじられたことで前説担当として広く知られるようになりました。2015年のM-1復活以降も概ね前説を担当しているとの報告があります。
また、2006年頃から『笑いの金メダル』(朝日放送)や『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ)に出演するようになり、テレビでの露出が増えていきました。
なお、「フォ〜」という掛け声についてはレイザーラモンHGとパクリ問題が起きたこともありましたが、2人で真剣に話し合いをした結果「2人のものとして大切にしていこう」という結論に至り、競作という形をとっています。
宴会芸の名手として愛される理由とくまだまさしの信念


くまだまさしが長年にわたって先輩・後輩から愛される理由は、芸への信念と姿勢にあります。
ORICON STYLEのインタビューで、芸を続けられる条件として3つを挙げています。「ひとつは絶対的にウケること、笑い声があるかないか。次は、ダウンタウンさんにしても、今田さんにしても、極楽さんにしてもスゴい方から『スゴいな』と言っていただけること。最後は、やっぱりお給料が上がること」。この3条件を満たすことで芸を続けられると語っています。
「ウケなかったら終わり」という言葉もくまだまさしの信念を象徴しています。「きょうスベったら、20年築いてきたものが消えてなくなると思っているから、舞台に上がる前は毎回めっちゃ緊張する」とインタビューで明かしており、長年続けながらも緊張感を失っていません。
後輩への影響も大きく、紺野ぶるまはくまだに憧れてお笑い芸人になったと語っており、その芸風が後輩芸人の目標にもなっています。また2007年の「爆笑レッドカーペット」第4弾では、ハイキングウォーキングとのコラボネタでレッドカーペット賞を受賞しています(濱田マリ選出)。
コロナ禍では「笑わないお客さんを見るのが初めてだった」と初めての挫折を経験しており、それまでどの現場でも必ずウケてきたくまだにとって未曾有の体験だったことがうかがえます。
くまだまさしのプロフィールと経歴・現在の活動
- くまだまさしの基本プロフィール(本名・出身地・学歴)
- NSCでの苦労とトラック運転手時代・ブレイクへの道のり
- 闇営業問題と謹慎からの復帰・墨田区アンバサダー就任
- 娘・せいちゃんとの親子エピソードと家族への思い
くまだまさしの基本プロフィール(本名・出身地・学歴)


くまだまさしの本名や出身地って、どこなんだろう?
くまだまさしの本名は熊田雅志(くまだまさし)で、読みも芸名と同じです。1973年7月26日生まれで、出身地は東京都荒川区東日暮里です。血液型はA型、身長は170cmで、吉本興業東京本社(東京吉本)に所属しています。
最終学歴は関東第一高等学校で、荒川区立第八中学校を経て進学しています。高校時代にはアマチュアレスリングの東京都チャンピオンという実績を持ち、体育会系としての下地がある人物です。なお、ハゲを隠すためにスキンヘッドにしているとのことです。
趣味は子供と遊ぶことや小道具作りで、映画については『プリティ・ウーマン』を500〜600回、『アポロ13』と『ボディガード』を各300〜400回観ているというエピソードが知られています。DVDなどは所持しておらず、自宅近所のTSUTAYAでレンタルして繰り返し観ていたとのことです。
また、俳優の谷原章介とは芸人になる前から親交があり、俳優の的場浩司が好きな芸人としてくまだを公言しています。幅広い交友関係も、くまだまさしの人間的な魅力の一つといえます。
NSC入学からトラック運転手時代・ブレイクまでの道のり


くまだまさしがNSCに入学したのは1996年、23歳のときです。ただし、NSC入学の3年前から芸人になりたいという気持ちがふつふつと湧き上がっていたといい、多い時には週に8〜9回合コンをしながら話術を磨いて2年間自分なりに準備をしてきたというエピソードを自ら語っています。
NSCの1回目のネタ見せでは、得意の漫談で勝負しましたが、実力不足と緊張が重なって散々な結果でした。「トークはダメだ!」と切り替えて、2回目のネタ見せでは現在のネタの原型を完成させています。
NSC卒業後は劇場の仕事が月に1〜2回しかないという苦しい時期が続き、トラック運転手のアルバイトをしながら生計を立てました。今田耕司・千原ジュニアから飲みの誘いを受けても「アルバイトがあるので」という理由で断っていたとのことです。
このトラック運転手時代に1,000万円を貯め、マンションを購入しています。本人曰く東京中のゴマを運んでいたというエピソードも残っています。
その後、極楽とんぼとの縁でブレイクのきっかけをつかみ、「笑っていいとも!」「笑いの金メダル」など複数の人気番組に一気に出演する機会を得ました。この恩については「始まりは極楽さんだったんで、特に足を向けられないなっていうのはあります」と語っています。
闇営業問題と謹慎からの復帰・現在の活動状況


2019年、2014年に反社会的集団が主催した忘年会に参加し金銭授受を行った事実が発覚。くまだまさしは2019年6月24日より無期限謹慎処分となりました。謹慎処分以降はそれぞれが今回の件を重大な問題として猛省し、7月末からは自らの意思により社会貢献活動を行ったとのことです。
その後、同年8月19日をもって謹慎処分が解除されると発表があり、吉本興業の劇場での仕事に順次復帰しています。
謹慎解除については「早すぎる」とネット上で声があがる場面もあり、当時は批判的な意見も存在しました。
復帰後のくまだまさしは、宴会芸人として活動を続けており、2023年8月には自宅のある東京都墨田区のお笑いアンバサダーに就任しています。Xのプロフィールでも「すみだお笑いアンバサダー」として自ら紹介しているとの報告があります。
現在も小道具を活かしたネタで劇場やイベントに出演しており、「劇場や営業でも大人気」との評価があります。また「現在は劇場やイベント出演を合わせ年500ステージをこなす」との報告があります。イオンモールでの全国お笑いツアーへの出演など、全国各地での活動が続いています。
くまだまさしの家族と娘についてのエピソード


くまだまさしは既婚で、妻と娘がいます。前述のとおり、ネタに使う小道具は妻と一緒に手作りしており、ネタ見せも一番最初に妻に見せて感想を聞いているとの報告があります。
娘については、2007年7月31日に放送された「爆笑レッドカーペット」第3弾で、ネタの最後のオチで「娘が生まれた」と自ら発表したというエピソードが残っています。
くまださんって、娘さんととっても仲良さそうですよね!
2026年3月14日には、自身のX(旧Twitter)で高校3年の長女の進路について言及しています。「『大学に行かず専門学校に行きたい』と娘が言いました。中高大学一貫の学校に入学したのに〜」と報告し、最終的には「娘の想いを尊重して僕は応援だけします。頑張れせいちゃん」とエールを送っています。娘は演劇部に所属しており、舞台の裏方を目指す専門学校への進学を希望しているとのことです。
AERA with Kidsのインタビューでは、娘が生まれてから「芸人としてテレビで売れたい、億万長者になりたいみたいな思いが一気に吹き飛びました。家族の生活を守る、そのためにお金を稼ぐということに舵を切りました」と語っており、家族への思いが芸の支えになっていることが伝わります。
コロナ禍での挫折についても家族の絆に支えられたことを語っており、「家族第一主義」を公言するくまだまさしの姿勢は変わっていません。また中学時代にいじめにあった経験があり、親や先生に打ち明けたことで乗り越えられた経緯についても自ら語っています。
くまだまさしのメガネネタと芸歴まとめ
この記事のまとめです。
- くまだまさしは本名・熊田雅志、1973年7月26日生まれ、東京都荒川区東日暮里出身
- 最終学歴は関東第一高等学校で、高校時代はアマチュアレスリングの東京都チャンピオン
- 1996年にNSC東京校2期生として入学、1回目のネタ見せは漫談で失敗し、2回目で現在のネタの原型を完成させた
- NSC卒業後は劇場の仕事が月1〜2回という苦しい時期に、トラック運転手のアルバイトで1,000万円を貯めマンションを購入
- 2003年頃に極楽とんぼが「毎週くまだを出してくれ」とスタッフにかけあったことがブレイクの起点となった
- 「フォ〜」と言いながら登場し、瞬きでサングラスを上下に動かすのがトレードマークのネタスタイル
- ネタ前に「○○の時間がやってまいりました」「今日は外れではなく大外れ」、ネタ後に「下らないだろ?」「帰りてえだろ?」と自虐的に言うのが定番
- 小道具は業者に依頼せず、妻と一緒に手作りしている
- カツラが頭に乗るネタ、パンツからクラッカーが出るネタなどが代表的な小道具ネタ
- M-1グランプリの前説(スペシャルパフォーマー)を担当し、2009年にナイツ・塙のいじりで全国的に知られるようになった
- 後輩の紺野ぶるまはくまだに憧れてお笑い芸人になったと語っており、芸人への影響力も持つ
- 2019年に闇営業問題で2019年6月24日から無期限謹慎となり、同年8月19日に解除
- 2023年8月、自宅のある東京都墨田区のお笑いアンバサダーに就任
- 現在は年500ステージをこなすともいわれ、劇場やイベント・営業での活動を続けている
- 娘・せいちゃんは演劇部で、舞台の裏方を目指す専門学校への進学を希望、くまだは「応援するだけ」とエールを送っている









